難病の子どもとその家族のために。ユダヤ人富豪の奇跡の物語

「Give Kids The World」という魔法の国

 「あなたが最も尊敬している人は誰ですか?」という質問をされたら、間違いなく私はヘンリー・ランドワース氏の名前をあげるでしょう。ホロコーストを生き抜き、移住した先のアメリカでホテル経営者にまでなった彼が歩んだ物語は、私たちに多くのことを投げかけてくれます。

 アメリカのフロリダ州オーランド市は、ユニバーサル・スタジオやディズニーワールド・リゾートで有名な観光地ですが、この土地にはもうひとつ、夢のようなひと時を過ごせる場所「Give Kids the World Village」があります。私がこの場所を知ったのは、かれこれ15年以上前になりますが、フロリダ州に住んでいた際に念願が叶って見学に行った日のことは、今でも忘れることが出来ません。

一本の電話は、人生を変えることがある

 「Give Kids the World Village」は、前出のランドワース氏が作った、難病の子供とその家族のための施設です。彼がこの施設を作ったきっかけは、1本の電話でした。当時、彼はディズニーワールドからほど近い場所でリゾートホテルを経営していました。ある朝、彼がホテルのフロントデスクに立ち寄ると、フロント担当者が彼に「宿泊をキャンセルする電話がかかってきた」ことを伝えました。キャンセルの理由は、「ディズニーワールド・リゾートでの休暇を楽しみにしていた闘病中の子どもが、その朝に亡くなってしまったので、旅行にいけなくなったから」でした。

 これを聞いた瞬間、ランドワース氏は自分の残りの人生を難病の子どもとその家族のために捧げることを誓ったのです。戦時中、強制収容所での生活を経験した彼がアメリカに渡った時、所持していたお金はわずか20ドル(約2300円)でした。そこから懸命に這い上がり、裕福になった彼の心の奥底に沈んでいたはずの「常に死と隣り合わせだった当時の自分」が蘇り、病気で亡くなったその子どもの人生と重なって見えたそうです。

 ランドワース氏はすぐさま所有していたホテルや私財を全て売却し、大きな土地を購入します。その土地に建てた施設が、この「Give Kids the World Village」です。彼の思いに共感した多くの企業が支援を申し出て施設は1986年に完成。名だたる企業がお金を寄付していますが、企業名は同施設内の「The Castle of Miracles」と呼ばれる建物の中にある小さな星のプレートに刻まれているだけです。大きな企業のロゴも、支援していることを宣伝するようなもも一切ありません。ランドワース氏は後に「自分がこの施設を作るのに交わした契約は土地売買の契約書のみ。大きな支援をしてくれた人たちは全て善意の手を差し伸べてくれたので、他には一切、契約書を交わしていません」と語っています。この話を知った時に「真の善意」や「アメリカで成功する企業としての社会的なあり方」とは何を指すかを、改めて知ったような気持ちになりました。

ジェネラボを体現する生き方

 創設以来、約167,000人の子供とその家族が、この施設で夢のような1週間を過ごしたそうです。このリゾートの滞在費は渡航費も含めて、すべて施設の招待。もちろんディズニーワールドやユニバーサル・スタジオへも無料招待で、子どもたちの体に負担がないように最優先でアトラクションを楽しめるそうです。大勢のボランティアたちが、この施設の運営を支えていますが、実際に訪れてみて分かったことは、まさに奇跡と呼ぶにふさわしい場所だということです。

 私はそこで、毎年楽しみにボランティアとしてやってくるという老夫婦と少しお話ができたのですが「自分たちの娘が生きていた時に、本当に素晴らしい経験をさせてもらった。施設のサポートを続けて、子どもたちとその家族に楽しんでもらうことは、娘が生きていた証を見続けることでもあるんです」と、話していました。

 ランドワース氏は残念ながら2018年に他界されましたが、彼がこの世に残した循環する奇跡は、今もフロリダ州の地で生き続けています。彼が語った「自分の人生はあの時、終わったも同じ。借りてきたように生かしてもらえている人生は、次世代に返さねばならない。これは誰かに与えるためにやっている事業ではなく、自分が生かされるために与えてもらっている喜びの活動なのだ」という言葉は、とても印象的です。ジェネラティビティを体現する生き方とは、彼のような生き方を指すのだと思います。