「負けたい」——私にとっての次世代継承

平林久和 (株)インターラクト代表取締役社長

 約20年まえ、我が生涯で初めての感情に出会い驚きました。それは「負けたい」という感情です。「負けを認める」や「負けを覚悟する」、負けを受容する感情とは長らくつきあってきました。けれども積極的に「負けたい」。さらに言うならば「負けたくて負けたくて仕方ない」などと思ったことはありません。この感情に出会ったのは産科の病室で、誕生したばかりの長男を初めて抱いたときでした。知恵も知識も、気力も体力も、すべてこの子に「負けたい」と思いました。

 次世代継承と聞くと、この日のことを思い出します。他者に何かを伝えて授けること。「教育」という美名で呼ばれることもあるこの行為は、我欲もまた剥き出しになります。教えながら自分は凄い人だと思われたい、他者よりも教え方がうまいと言われたい、学会で認められたい、等々。

 私自身、年長者から多くのことを教わりました。と、同時に多くのことを忘れました。振り返ると心に残っている言葉は、その年長者の「負けたい」の気持ちが込められていたように思えます。上の世代から授けてもらった「負けたい」を受け取り、若い世代に「負けたい」と願うことを伝える。私が思うに次世代継承とは、理知的というよりは本能的であるべきこと。そうとらえています。

日本を代表するゲームアナリストのおひとり、平林久和さん

平林久和さん プロフィール

1962年生まれ。神奈川県出身。出版社(宝島社)に入社後、ゲーム専門誌の創刊編集者となる。1991年、ゲーム産業の発展を予見して、ゲーム分野に特化したコンサルティング会社、株式会社インターラクトを設立。ゲーム会社社員の人材育成や新規参入企業のサポートなどを行う。著書に『ゲームの大學(共著)』『ゲームの時事問題』など。メソポタミア文明から生まれた遊び道具から最新VRまで。全100話で構成されるeラーニング教材「じっくり学ぶ。ゲームの歴史。」を企画・構成・出演した。日本ゲーム文化振興財団理事。俗論に流されず、本質を探ることをポリシーとしている。

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